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浦和地方裁判所 昭和44年(ワ)650号 判決

原告

秋葉周三

被告

株式会社ミツバ

ほか二名

主文

一、被告株式会社ミツバ及び被告塚田長治郎は各自、原告に対し金四四九、一三〇円及び内金四〇九、一三〇円に対する昭和四四年九月三〇日から内金四〇、〇〇〇円に対する昭和四六年一月一九日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告株式会社ミツバ及び被告塚田長治郎に対する各その余の請求並びに原告の被告関憲章に対する請求は何れもこれを棄却する。

三、訴訟費用中、原告と被告関憲章との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告株式会社ミツバ及び被告塚田長治郎との間に生じたものはこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告株式会社ミツバ及び被告塚田長治郎の負担とする。

四、この裁決は、原告において被告株式会社ミツバ及び被告塚田長治郎に対しそれぞれ金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨及びこれに対する答弁

(原告)

「被告らは各自、原告に対し、金四、八八一、三七二円及びこれに対する昭和四四年九月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(被告ら)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、(事故の発生)

原告は、昭和四四年二月二四日午後〇時五分頃、原告所有の乗用自動車(以下原告車という)を運転して国道二五四号バイパス線上を東松山市方面から東京方面へ向け進行中、川越市氷川町一五五番地先交差点手前で停止信号が変わるのを待つていたところ、原告の後方から訴外小川元一(以下小川という)の運転する被告株式会社ミツバ(以下被告会社という)所有の自家用貨物自動車足立四ら二一〇(以下被告車という)に追突され、頸部にむち打症の傷害を負わせられ、且つ原告車の後部を破損させられた。

二、(訴外小川の過失)

本件事故は、訴外小川が前方注視の義務を怠り慢然進行した過失により発生したものである。

三、(被告らの責任)

被告会社は被告車を所有し自己のために運行の用に供するものであり、且つその事業のために訴外小川を雇傭し本件事故は被告会社の事業の執行中に発生したものであるから、自動車損害賠償保障法第三条並びに民法第七一五条第一項により、被告関憲章は被告会社の代表取締役被告塚田長治郎はその専務取締役として何れも被告会社に代わつて事業を監督する者として民法第七一五条第二項により、それぞれ本件事故により原告が蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

四、(損害)

(一)  自動車の破損による損害

原告車は本件事故のため後部を破損させられ、原告はこれが修理代として金四一、八一九円の支出を余儀なくされたほか、原告車の価格が金三〇、〇〇〇円下落した。

(二)  治療費

原告は本件事故により頸部捻挫症の傷害を負い、昭和四四年二月二四日と同月二五日の二日間戸田市の中島病院に、昭和四四年二月二六日から同年五月二〇日まで川口市内の医師渡辺正賢方にそれぞれ通つて治療を受け、治療費として中島病院に金一八、三六〇円を、渡辺医師に金四九、五〇〇円を、それぞれ支払うことを余儀なくされた。

(三)  逸失利益(休業補償)

原告は本件事故により負傷し、事故の日である昭和四四年二月二四日から昭和四四年五月二〇日まで休むことを余儀なくされたところ、原告は建築請負、不動産の売買及びその仲介の業務を営み、その一年間の所得は金一六、一一九、三七五円であり、一日平均金四四、一六二円の純収入を期待し得、右八七日間休業を余儀なくされた結果、金三、七九七、九三三円の得べかりし利益を失つた。

(四)  慰藉料

原告は本件事故により前記のとおり負傷し、休業を余儀なくされ、これにより多大の精神的苦痛を受け、これを慰藉するには金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(五)  弁護士費用

原告は本件訴訟を提起するに際し、原告訴訟代理人である弁護士常木茂に訴訟を委任し、成功報酬として、本訴において請求する損害額及び支払を受けるまでの遅延損害金の一割を支払うことを約した。よつて原告は(一)ないし(四)の損害の合計金四、四三七、六一一円の一割に当る金四四三、七六一円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を原告訴訟代理人に支払わねばならなくなつた。

五、結論

よつて原告は、被告ら各自に対し、第四項(一)(二)(三)(四)(五)の合計金四、八八一、三七二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年九月三〇日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する認否

一、第一項中、原告主張の日時、場所で本件事故が発生したことは認める。原告車が信号待ちのために停車中であつたことは否認する。原告の傷害の部位程度は不知。

二、第二項中、訴外小川の過失は争う。

三、第三項中、訴外小川運転の被告車が被告会社の所有にかかること、右小川が被告会社の被用者で被告会社のために被告車を運転していたこと、被告関憲章が被告会社の代表取締役被告塚田長治郎が被告会社の取締役であること、は何れもこれを認めるが、その余は争う。被告関憲章・被告塚田長治郎は代理監督者ではない。

四、(一)、第四項(一)は不知。

(二)、第四項(二)は不知。

(三)、第四項(三)は不知。

本件事故は昭和四四年二月二四日に発生しているから、同事故により原告に「得べかりし利益」の損害が生じたとすれば、当然昭和四四年度分の所得に影響すべきところ、昭和四四年度の所得は、本件事故前年度である昭和四三年度分が金一七、二〇三、二八九円であるのに対して、逆に金九、四四四、〇七六円の増益を得て、合計金二六、六四六、三六五円という極めて高額な所得になつているから、原告には本件事故に起因する「得べかりし利益の損害」がなんら生じていない。

(四)、第四項(四)は不知。但し慰藉料額は争う。後遺症はなんら存在しない。

(五)、第四項(五)は不知。

第四、証拠〔略〕

理由

一、(事故の発生と訴外小川元一の過失)

〔証拠略〕を総合すると、昭和四四年二月二四日午後〇時五分頃、原告がその所有の原告車を運転して国道二五四号バイパス線上を東松山市方面から東京方面へ向け進行中、川越市氷川町一五五番地先交差点手前で停止信号が青に変わるのを待つて停車していたところ、訴外小川は被告会社所有の被告車を運転して同一方向を原告の後方から右交差点に制限速度を約一〇キロメートル超過した時速約七〇キロメートルで差しかかつたが、道路前方に先行する原告車の動静に注意せず漫然進行し、原告車に気付いて急制動措置をしたが及ばず、原告車に被告車を追突させ、その結果原告は頸部にむち打症頸部捻挫症の傷害を負わせられ、且つ原告車の後部を破損させられたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。自動車運転者は自動車運転中制限速度以内で運転することを遵守するは勿論、絶えず進路前方に注意し、信号待ちで停車中の自動車を発見したときは、衝突しないように、停車中の車の手前で停車しなければならないのに、訴外小川は前認定のとおりこの注意義務を怠り、進路前方の注意を充分にせず、したがつて停車中の原告車の発見が遅れ、しかも発見したときは制限速度を約一〇キロメートル超過した時速約七〇キロメートルで運転したため、急制動措置したが及ばず本件事故を惹起したので、この点に訴外小川の過失があるといわねばならない。

二、(被告らの責任)

(一)  被告会社は被告車を所有し自己のため運行の用に供するものであり、且つその事業のために訴外小川を雇傭し本件事故は被告会社の事業の執行中に発生したものであることは当事者間に争いないから、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条並びに民法第七一五条第一項により本件事故により原告が蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

(二)  代表取締役が単に法人の代表機関として一般的業務執行権限を有することから直ちに民法第七一五条第二項を適用してその個人責任を問うことはできないのであつて、代表取締役をして同条項の責任を負わせるためには代表取締役が具体的に被用者を監督する関係にあつたことを要する。(最高裁判所第二一巻第四号九六一頁、昭和三九年(オ)第三六八号同四二年五月三〇日第三小法廷判決)これを被告関憲章についていえば、〔証拠略〕を総合すると、被告会社は木製スチール製の家具の小売を営業目的として昭和四二年八月頃設立された会社で、本社は東京都荒川区に、本件事故当時支店は川越市と所沢市とにあり、従業員数は川越市に一五、六名所沢市に二、三名であつたこと、被告関憲章が代表取締役・被告塚田長治郎が専務取締役・訴外金子明雄が川越支店の店長であつたこと、被告会社の本社には被告関憲章ただ一人常勤し、主に銀行関係の資金繰りや業務上の一般的指示をなすに過ぎず、本社では営業は行わなかつたこと、川越支店で家具の小売が行われ従業員が客の指定する場所に自動車で配送したこと、訴外小川は本件事故当時川越支店の運転手として配送の仕事に従事したこと、被告塚田長治郎及び金子明雄は本件事故当時川越支店に常勤し運転手その他の全従業員を具体的に指揮監督したが、他方被告関憲章は不定期だが週一、二回川越支店に出張しても在店時間も短かくしかも直接運転手に命令したことはなかつたこと、川越支店の従業員の雇入は、被告関憲章が偶々川越支店に出張していたときは被告関憲章がやるが、それ以外の時は被告塚田長治郎及び金子明雄がそれぞれ自由にこれをなしたこと、が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右の認定事実によると被告関憲章は川越支店の営業につきこれを具体的に監督する関係にあつたとは認めることはできない。したがつて被告関憲章は民法第七一五条第二項に基づく個人責任を負ういわれはなく、本件事故により原告が蒙つた後記損害を賠償する責任はない。よつて被告関憲章に対する原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

(三)  前記(二)認定のとおり、被告塚田長治郎は、被告会社の専務取締役として川越支店に常勤し運転手訴外金子その他の全従業員を具体的に監督する関係にあつたから、民法第七一五条第二項により本件事故により原告が蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(一)  自動車の破損による損害

前認定のとおり原告車は本件事故のため後部を破損させられ、しかして〔証拠略〕によると原告は原告車の修理代として金四一、二七〇円を支出したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、原告は本件事故により同額の損害を蒙つたことになる。しかし原告主張のような本件事故により原告車の価格が金三〇、〇〇〇円下落したことについてはこれを認めるに足りる証拠がない。

(二)  治療費

〔証拠略〕によると、原告は本件事故により頸部むち打症頸部捻挫症の傷害を負い、昭和四四年二月二四日と同月二五日の二日間戸田市の中島病院に、昭和四四年二月二六日から同年五月二〇日まで川口市内の医師渡辺正賢方にそれぞれ通つて治療を受け、治療費として中島病院に金一八、三六〇円を、渡辺医師に金四九、五〇〇円をそれぞれ支払つたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、原告は本件事故により同額の損害を蒙つたことになる。

(三)  逸失利益(休業補償)

〔証拠略〕によると、原告は建築請負、不動産売買及びその仲介の業務を営み、昭和四四年度(昭和四三年分)の所得としては、事業所得が金一六、一一九、三七五円・不動産所得が金一、〇八三、九一四円で合計金一七、二〇三、二八九円であることが認められ、かつ原告が本件事故により負傷し事故の日である昭和四四年二月二四日から昭和四四年五月二〇日まで八七日間休むことを余儀なくされたことは前認定のとおりであるが、原告が本件事故により失つた得べかりし利益の損害についてはこれを認めるに足りる適確な証拠がない。すなわち前認定のとおり本件事故の日である昭和四四年二月二四日以前の昭和四四年度(昭和四三年分)一年間の所得が金一七、二〇三、二八九円であるのに対し、〔証拠略〕によると本件事故後の昭和四五年度(昭和四四年分)の所得が金九、四四四、〇七六円の増益を得て合計金二六、六四六、三六五円となつたことが認められるので、かえつて原告には本件事故に起因する得べかりし利益の損害がなんら生じていないことが推認される。更に〔証拠略〕によると、原告が本件事故当時埼玉県入間郡福岡町所在の四〇〇坪の土地を坪金三〇、〇〇〇円位で買い二八戸か二九戸の建売住宅を建築する計画を樹て経費半額以上と見て約七、〇〇〇、〇〇〇円の利益を得る予定であつた、もつとも原告としては買つたかも知れなかつたし買わなかつたかも知れなかつたことが認められるが、原告が右土地を下見して具体的交渉に入つた証拠がないから、このような漠然とした程度では本件事故による原告の負傷は前記得べかりし利益の損害の発生に対して条件とはなつても、両者は相当因果関係にはないものというべきであるから、原告の得べかりし利益の損害の主張は理由がない。

(四)  慰藉料

原告は昭和三三年から建築請負、不動産売買及びその仲介の業務を営み、本件事故により頸部むち打症頸部捻挫症の傷害を負い、昭和四四年二月二四日と同月二五日の二日間戸田市の中島病院に、昭和四四年二月二六日から同年五月一〇日まで川口市内の医師渡辺正賢方にそれぞれ通つて治療を受けたことは前認定のとおりであり、〔証拠略〕によると原告は右の通院中通常の半分程度の仕事きりできず、これらによつて原告が多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実と前認定の本件事故が訴外小川の一方的過失に基づき発生したこと、その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告が受けるべき慰藉料の額は、金三〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(五)  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告は本件訴訟を提起するに際し、原告訴訟代理人である弁護士常木茂に訴訟を委任し成功報酬として原告が被告らから支払を受ける損害賠償額の一割を支払うことを約したことが認められる。不法行為の被害者が賠償義務の履行を受けられない場合権利を実現するには訴を提起することを要し、そのためには弁護士に訴訟提起を委任し被告らの責任を追及することはやむを得ないところであり、しかして本件事故のような不法行為による損害賠償請求訴訟をなす場合に要した弁護士費用のうち権利の伸張防禦に必要な相当額は当該不法行為によつて生じた損害と解するのが相当であるが、その額は事案の難易、認容すべきとされた損害額その他諸般の事情を斟酌して決定すべきであつて、委任者が負担を約した弁護士費用全額が損害となるものではない。これを本件についてみれば、金四〇、〇〇〇円が被告会社及び被告塚田長治郎をして各自原告に対し賠償させるべき弁護士費用と認めるのが相当である。なお弁護士費用に対する遅延損害金の支払請求は本件判決言渡期日の翌日である昭和四六年一月一九日からこれを認容し、その余はこれを棄却すべきである。

四、結論

よつて原告の被告会社及び被告塚田長次郎に対する本訴請求中、被告会社及び被告塚田長治郎各自に対し、それぞれ第三項(一)(二)(四)(五)の合計金四四九、一三〇円及び内金四〇九、一三〇円に対する本訴状送達の日の翌日であること本件記録に徴し明らかな昭和四四年九月三〇日から、内金四〇、〇〇〇円に対する本件判決言渡期日の翌日である昭和四六年一月一九日からそれぞれ民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、原告の被告関憲章に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項を仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松澤二郎)

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